T.REX研究室(2)

Electric Warrior



マーク・ボランが音楽的にほぼ素人レベルであったことはまず疑いない。
Tレックスの前身であるアコースティック・デュオ、ティラノザウルス・レックス時代は確かに、中近東風のスケールを使ってたり、奇妙なテンション・ノートを多用してたりするので、実はよくわかってる人なんではないか、Tレックスとしてエレキ化した際に、意図的にシンプルなロック・バンドを志したのではないか、との好意的な見方もあるようだけれども、それは残念ながらたぶん間違っている。
全盛期のプロデューサー、トニー・ビスコンティが、マーク・ボランは「6つか7つのコードしか知らなかった」、「もっとコードを覚えるべきだと進言したが、全く意に介さなかった」といったようなことを言ってるのだけれども、それが真実だと思う。
ティラノ時代は、恐らく、ワケもわからず適当にやってたのだ。
実際、ぼくは中学〜高校時代に、Tレックスの曲をほぼ全曲耳コピしたけども、その作業は実に簡単だった。
基本的なダイアトニック・コードさえ知っていれば、いとも簡単にコピーできる曲ばかりだからだ。


問題は、そうした実にありきたりのコードで作られた単純な曲が、何故35年の時間を経ても、いまだに古くならないのか、ということだ。


まずは、全盛期メンバーそれぞれの、ミュージシャンとしてのプレイヤビリティを検証します。


1.ギタリストとしてのマーク・ボラン


一言で言うと、素人である。
センスだけで弾いてます。
ティラノザウルス・レックスからTレックスへ、アコギからエレキに持ち替えた頃に、マーク・ボランがクラプトンに弟子入りしてギターのイロハを教わったというのは有名な話だけれども、残念ながらその甲斐なく、師匠の教えをよく理解できなかったものと思われます。
恐らくはごく基本的なスケールも理解していないと思われ、一応アドリブでソロも弾きまくるのだけれども、そのことごとくがスケールアウトしている。
しかも、いつも同じようなハズし方をするので、Tレックスばっかり聴いているとだんだんそれに慣れてくる。
なんちゅうか、あまりにも自信たっぷりに弾いているので、これをスケールアウトと解釈するのは実はこちらが間違っているのであって、これは「マーク・ボラン・スケール」という新しいスケールなんではないかと錯覚させられてしまう。
どこの世界でも、押しの強さというのは大事だ。
しつこく主張すれば、屁理屈もだんだん正論に聞こえてくる。
マーク・ボランは、実際、エゴの固まりのような人間だったとも聞く。
ともあれ、正直、リード・ギタリストとしてのマーク・ボランは、かなりキツい。


しかし、かと言って、マーク・ボランを単なる下手くそギタリストとして切り捨てるのは早計である。
ギタリスト、マーク・ボランの真骨頂は、リズムのカッティングと、真似できそうでできない音色の良さにある。


コード理論やスケールの概念が(おそらく)理解できなかったマーク・ボランではあるが、ノリのよさには天賦の才がある。
詳しくは別で書くつもりだけれども、マーク・ボランのノリは、意外と黒い。
リズム・ギターで強力なシンコペーションを生み出したり、裏を取ったりするセンスは天才的だ。
サンプルとして、ヒット・シングル「Telegram Sam」や「Born to Boogie」のリズム・カッティングを参照されたい。
左チャンネルから聞こえるリズムギターを聴いてみてください。
「Born to Boogie」なんて、簡単そうに聞こえるけど、こういうシャッフルのブギースタイルで的確に裏のカッティングを刻むのは、案外に難しい。
この曲での演奏はやっぱり見事と言う他ない。
こんな3コードの単純極まりない曲が、これだけグラマラスに仕上がっているのは、このリズムギターに負うところが大きい。
いや、無理矢理ほめてる感もなきにしもあらずなんだけれども、とにかくこの弾きっぷりのよさ、弾き姿のかっこよさは、もっと評価されてしかるべきだと思う。


もうひとつは、音色。
太い、厚い、そして暖かみのあるこの独特の音色は、ギターを弾く人ならすぐにレスポール真空管のアンプでドライブしたサウンドであると想像するだろう。
そして、「Electric Warrior」のジャケなんかをぼんやり見てると、アンプはまあマーシャルあたりなんだろうとタカをくくる。
ぼくもそう思っていた。
しかし、それではこの音は出ない。らしい。


日本一のマーク・ボラン・フリーク、元マルコシアス・バンプのアキマツネオによると、マーク・ボランが使っていたアンプは、Vamp Power というメーカーのものらしい。
知らない。そんなメーカー。聞いたことない。
それもそのはずで、このイギリスのメーカー、70年頃にごくわずかのアンプを生産しただけで、1年ももたずにすぐに消滅してしまったらしく、今では本国の楽器屋に聞いてもほとんど誰も知らないらしい。
マーク・ボランはその Vamp Power とエンドース契約を結んでいたらしい。
アキマによると、基本のセットは、キャビネットが Vamp Power で、ヘッドは H/H(同じくイギリスのメーカー。こちらはそれほどレアなものではない。)
意外にもタマじゃなくて石である。
ただし、ライノ盤の「Electric Warrior」のブックレットの写真を見ると、ヘッドが Vanp Power でキャビはフェンダーのようなので、まあいろんなパターンがあったのかもしれない。
ちなみにアキマツネオはこの Vamp Power のコレクターだそうだ。
マルコシアス・バンプというバンド名の由来でもあるに違いない。


とにかく、マーク・ボランの音作りは、センスいい。
「20th Century Boy」のあのリフのあの音。
ぶっとくて厚みがあって、なおかつエッジが効いている。
あのサウンドにしびれた人は、みんな Vamp Power を探している。
(こないだ、イギリスの eBay で出品されてた!)


結論。
ギタリストとしてのマーク・ボランは、ソロさえ取らなけりゃ、普通にかっこいいと思う。
そして、結果的には、おそらくこのマーク・ボランのタイム感のよさがバンド全体のグルーブを引っ張っていて、なおかつサウンド的にも、ギターの重厚な音色が、トニー・ビスコンティの70年代版ウォール・オブ・サウンドにも大きく貢献している。
来日公演では、ステージ上に存在しないギターの音が鳴っていたとの証言もあるけれども、少なくともスタジオワークにおいては、マーク・ボランのギターがバンドの方向性を決定づけていたのは間違いないと思われる。
Tレックスがマーク・ボランのワンマン・バンドであるという言い方は、そういう意味でもやはり間違っていない。