T.REX研究室(6)


あくまでも想像に過ぎないけれども、近年さらに続々とリリースされているデモテイクやアウトテイク等から推測するに、Tレックスの曲は、恐らく以下のような手順で作られていたのではないかと思う。


マーク・ボランが曲を完成した時点で弾き語りで録音。もちろん譜面は書けないだろうから、あくまでも音で残す。
その弾き語りデモテープを配布するか、または、スタジオで実際に歌ってみせることで、メンバーに曲を説明。ヘッドアレンジで、ドラムのビル・レジェンド、ベースのスティーブ・カーリーとの3ピースで、曲の原型を完成させる。しかもかなり適当に。
リハでまとまってきたら、ギター、ベース、ドラムの3ピース編成でベーシックトラックを録音。3人で、せーので録る。
ベーシックトラックをもとに、コーラス、ギター、ストリングス、ホーンなどをどんどん重ねていく。ボーカルはどうやら最初からダブルトラックにしている様子。完成。


たぶん、こうやってると思う。
この手順自体は実にオーソドックスなものだけれども、この過程で、どのようにしてあの特異なサウンドが生み出されていくのかということについては、個々のプロセスを詳細に見る必要がある。
遡って最初から検討してみます。


まずは①の、曲作りの段階。
マーク・ボランはインタビューで、ブルースが好きだと語っている。
しかも、ハウリン・ウルフのようなカントリースタイルのブルースが好きだったようで、「新しい音楽を聴くよりも、ハウリン・ウルフをずっと聴いてる方がよほどインスパアされる」といったようなことを、確か言ってた。
実際には、マーク・ボランの音楽にはほとんどブルース臭がないので、最初はこれはブラフではないかと思っていた。
一聴したところ、マーク・ボランとブルースというのは、あまり結びつかない。ハウリン・ウルフが好きだというのは色んなところで言ってるけれども、なんとなくカッコつけてそう言ってるだけじゃないか、くらいに思っていた。ブルースに対するリスペクトが強かった時代だし、そんなふうに言っておけば、ちゃんとわかってるヤツなんだという印象を与えられるだろうとの計算で言ってるんじゃないか、と疑っていたのだ。
しかし、ここ数年どしどし発表されているデモ音源を聴いていると、そうではなくて、どうやらほんとに好きだったらしいということが窺い知れるようになってきた。
例えばライノ盤『Tanx』のボーナス・ディスクに収録されている、「Tenement Lady」「Mad Donna」「The Street and the Babe Shadow」等のアコースティック・デモを聴けば、マーク・ボランが、これらの曲を、当初は完全なカントリー・ブルース・スタイル(のつもり)で作っていたことがよくわかる。
それが、結果的には、ギターをエレキに持ち替え、バンドサウンドに置き換えられて、さらに分厚く音が重ねられていくにつれ、どんどんエキセントリックでグラマラスな曲に仕上がっていくわけだけれども、このデモを聴くと、マーク・ボランが作曲段階においてハウリン・ウルフをモチーフにしていたというのは、非常に納得のいく話だ。
もちろん、生来の変わり者であるマーク・ボランの奇妙な歌い方にはブルージーな感覚などカケラもないのであって、そのブルース解釈はあまりにユニークではあるけれども、少なくともスタイルはカントリーブルースなのだ。


それと、特筆すべきなのは、アコースティック・デモ版からスタジオ完成版へと仕上げられていく過程の中で、どんどん音はゴージャスになり、最終的にはまるで別物になっているにもかかわらず、リズムの構成については、デモの段階で既に完成しているという点だろう。
要するに、リズムの感覚、あの単純で力強いシンコペーションの感覚は、アコギのデモの段階から完成版まで、ずっと同じなのであって、つまりは、Tレックスのレコーディングは、マーク・ボランのリズム感覚がそのまんま活かされる形でずーっと進行しているのだ。
これは正に、Tレックスがマーク・ボランの完全なワンマン・バンドであったことの証左に違いない。
ライノ盤『Electric Warrior』には「Planet Queen」のアコースティック・バージョンが収録されているけれども、これなどを聴くと、デモと完成品で、ほとんど何も変わっていないのが実によくわかる。


更に言うと、ここまでの検証で、1つの重要な謎が解ける。
前回に書いた、マーク・ボランの曲作りにおける、異常なまでの構成の単純さだ。
ポップソングとして聴けば、Tレックスの曲構成は、あり得ないほどにシンプルだ。
しかし、カントリー・ブルースとして聴くなら、事情は少し違ってくる。
もとよりブルースというのは、3コードから成る12小節の循環パターンを延々と演奏し続ける形式である。
その形式の中で、アドリブ的にどんどん詞を発生させていく。
マーク・ボランは、恐らくそのようなスタイルで曲を作っていたのではないかと思われる。
だから、通常誰もが、AからBに展開してサビにもっていって……という具合に、一連の音楽的な流れの中で曲の作りを考えるところを、マーク・ボランはそうは考えない。
ブルースが12小節の単位で1つのバースを完結させ、それを何度も繰り返すことによって快感を増幅していくように、6〜12小節程度で完結するメロディ・パターンを1コ作ってしまえば、あとはそれをひたすら繰り返して詞のバリエーションで聴かせようとするのがマーク・ボランの作曲法なのだ。


これ、結構な大発見だと思うんだけど、どうでしょう?
マーク・ボランは、その曲作りの形式とリズム感覚において、実は決定的にブルースの人である……。って、気づいてる人、少ないと思うんですが。
そんなことないのかな。普通、かな。


えー、続きは次回。