T.REX研究室(5)

The Slider



●コンポーザーとしてのマーク・ボラン


ずいぶん間が空いてしまったけれども、前回は、Tレックスのアレンジがいかに奇妙かということを書きました。
でも、実はそれ以上に奇妙なのが、マーク・ボランのソングライティングだ。
いよいよこの辺りの話からが佳境になります。


通常、ポップ・ミュージックにはある程度の定型がある。
典型的には、Aメロがあって、Bメロに展開して、サビへ……という具合に、普通、少なくとも3つのメロディパターンがあって、曲全体に抑揚と言うか起承転結と言うか、まあ盛り上がる部分と、その準備をする部分を作る。
例えば、
A−B−A−B−C(サビ)……
とか、
A−A−B−C(サビ)……
とかいった具合に1コーラスを構成する場合が多い。
いまどきの流行りものは、飽きさせないための工夫なのか、Dメロ、Eメロ、場合によっちゃFメロとか、やたらと複雑な作りの曲も多いけれども、Tレックスが全盛だった70年代初期、一般的なポップスの構造は、まだまだ単純だった。
だから、3分間ポップスという言葉があるけれども、1曲の長さも、最近のように5分も6分もあるのではなくて、3分程度の曲が普通である。
それでも、パターンは最低3つは要る。
ポップソングの構成として、少なくとも3つのメロディパターンを含むというのは、昔も今も変わらぬ「常識」だと思う。


ところが、Tレックスの曲には、メロディパターンが1つか2つしかない。
だから、1曲の長さも、3分にすら満たない。
ほとんどの曲が2分台。
曲っちゅうか、もうほとんどジングルみたいなもんだ。
起承転結もない。
通常のポップソングは、Aメロで入ってBでテンションちょっとあげてサビへ突入、とか、Bでいったん落として一気にサビで盛り上げる、とか、そういう抑揚でもってサビの快感を高めようとする。
しかし、Tレックスは、基本的に最初っから最後まで盛り上がりっぱなしである。
だから3分もたない。


例えばシングル集である「Great Hits」は、14曲収録でトータルの時間が40分だから、1曲の平均は2分51秒になる。
かようにTレックスのヒット曲は、全てが短い。
もちろん、その他のオリジナルアルバムには、4分、5分のバラード(?)もあるけれども、曲構成が素晴らしく単純なのはやっぱり同じで、1つのパターンを緩いテンポで延々と繰り返して長くなっているだけである。


言うならば、マーク・ボランの書く曲には、サビしかない。
全編が聴かせどころになっている。
退屈させる箇所がなく、退屈させる暇も与えず、あっという間に1曲が終わってしまう。
この単純明快さが、逆にTレックスを古びさせない最大のポイントになっているんじゃないかと思う。


以下、代表作「The Slider」の全曲を、曲構成の観点から調査してみました。
いかに常識はずれな曲作りであるかがわかってもらえると思います。


①Metal Guru
G - Em - G - Em - C - D の6小節パターン。これを7回繰り返すのみ。あとはフェイドアウト。以上。2分28秒。
見事。全編サビだ。
そういう意味でも、名実共にこれがTレックスの代表曲だろう。
いや、厳密に言うと、4コーラス繰り返した後で、6小節の間奏はあります。
しかし、普通、この6小節パターンを思いついただけで1つの曲として完成させてしまうという発想は、マーク・ボラン以外の人間には、ありえない。「このつづきはどうしよう?」となるのが当たり前だ。
にもかかわらず、これほど単純な曲が、後世、明らかな模倣者を続々と生み出していくことからも、この典型的なTレックス・パターンの偉大さは既に歴史が証明するところである。


Mystic Lady
A−A−B、A−A−B。以上。あとはフェイドアウト。3分12秒。
演奏者も間違えようがない単純さ……と思いきや、1回目のサビ(?)でベースが明らかなミスタッチ。しかもそのテイクがそのまま使われてるっちゅうのはどういうことか。
聞けば、マーク・ボランはレコーディングに時間をかけることをたいそう嫌がり、すぐにOKを出したらしい。納得のいかない演奏でもやり直しをさせてもらえないことにメンバーはかなり不満を持っていたそうだ。
うーむ。


③Rock On
A−A−Bでワンコーラス。これを3回繰り返してアウトロ。以上。3分26秒。
この曲は詞が素晴らしいんだけれども、詞についてはまた別の機会に。


④The Slider
A−A−Bでワンコーラス。これを4回繰り返す。あとはフェイドアウト。以上。3分21秒。


⑤Baby Boomerang
いわゆるブルース形式と言うか、こういうの、ブギーって言うのか。ただし12ではなくて16小節でワンコーラス。これを3回繰り返して終了。2分16秒。
こういう曲やってもブルース臭くならないのがマーク・ボランの個性だろう。


⑥Spaceball Ricochet
バラードです。が、これは強烈。6小節でワンコーラス。これをなんと12回繰り返して終わり。
書くならば、
A−A−A−A−A−A−A−A−A−A−A−A−A−A−A−A(笑)。
これにイントロとアウトロがくっついて、3分35秒。


⑦Buick Mackane
前にも書いたけれども、これは全ての楽器がメロとユニゾンというすごい曲で、構成も12小節のパターンを4回繰り返すのみ。あとはワンコードで意味不明のきついギターソロが続く。3分29秒。


⑧Telegram Sam
アナログではこの曲からがB面。Tレックス最高傑作の1つだ。
構成は、イントロに続いて、
A−A−A−B
A−A−B
A−A−A−B
で後はフェイドアウト
平坦なAメロから、何の前触れもなく唐突にサビのBメロが、分厚いストリングスとともに、正に押し寄せるようにやってくる。
AとBが全然つながってない。
この突然やってくるサビの恍惚感こそが、Tレックスの真骨頂。
個人的に、最も好きな曲です。


⑨Rabbit Fighter
3小節という変則的なイントロ。16小節でワンコーラス。それを4回繰り返す。アウトロは8小節の別パターンを繰り返して終わる。
奇妙な曲だ。
全曲奇妙だけど。
3分55秒。


⑩Baby Strange
構成は、
A−A−A−A−B
A−A−A−B
3分3秒。
これも、何の脈略もなく、実に取って付けたようにいきなりサビのBパターンが出現する。
不意打ちのように突然押し寄せる恍惚感。
Tレックスのファンは、この展開を愛す。
目立たない曲だけれども、この曲が好きなファンは多いはずだ。


⑪Ballrooms of Mars
バラード。16小節でワンコーラス。これを7回繰り返す。5回目は間奏。以上、4分7秒。
バラードは全てこのパターンです。


⑫Chariot Choogle
構成は、
A−A−B
A−A−B−B
2コーラス目のAには珍しく変拍子が入る。
ちょっと工夫の跡が感じられる。
変則的なビートのAメロに、何のつながりもなく陶酔感いっぱいのサビBが突然出現する、またまたTレックス王道パターン。
これにやられるわけです。
2分43秒。


⑬Maim Man
アルバムラストのバラード。
13小節でワンコーラスという変わった作りだけれども、構成はそれを10回繰り返して終わり。
A−A−A−A−A−A−A−A−A−A です(笑)。
4分12秒。


……疲れた。
けど、改めて検証してみたら、実りは多かった(笑)。


とにかく、このように、このアルバムにはCパターンというものが存在しない。
この非常識なソング・ライティングが、けったいなアレンジと相まって、Tレックスを唯一無二のものにしている。


では、この独特のソング・ライティングが一体何に由来するのかということを、次回に書きたいと思います。