Tレックス研究室(9)


えーそれでは、マーク・ボランの詞がいかに音楽的に気持ちいい響きを持っているか、いかに口でころがして楽しいかというのを、具体的に見てみます。


素材は、代表作『The Slider』より。
例えば大ヒット曲「Telegram Sam」からこんな一節。


Jungle-faced Jake
Jungle-faced Jake
I say make no mistake
about Jungle-faced Jake


ちなみに、意味はわかりません(笑)。
「ジャングル顔のジェイク、いいか、ジャングル顔のジェイクのことでヘマはするなよ」、くらいの感じでしょうか。
たぶんそれ以上の意味は何もないと思う。
昨日書いたとおり、音だけに着目してみます。


まず、Jungle と Jake のJ音の連発。いわゆる頭韻。
このJの音というのが、音声学では破擦音と言いまして、そもそも発音してて気持ちいい音だと思うんだけれども、それを連続的に発音するのは、さらに気持ちがいい。
でもって、faced、Jake、say、make、mistake と、この一節で使われている単語のほとんどは、母音が〔 ei 〕という音で統一されている。
この曲は、歌もギターのリフと同じく4拍目のウラから入るのだけれども、歌的なアクセントとなる各小節の3拍目に、Jake, Jake, mistake, Jake と、この ei 音が持ってきてある。
このくどいほどの脚韻が、強烈な印象と、えもいわれぬ発語の快感をもたらす。


同じ曲の別の一節。


Purple Pie Pete
Purple Pie Pete
Your lips are like lightning
Girls melt in the heat


意味はわかりません(笑)。
中川五郎訳では、Purple Pie Pete を「クスリでぶっとびっぱなしのピート」と訳してるんだけども、そうなの? →ショーエ)
最初2行のP音6連発、3行目のL音の3連発と like lightning の部分の ai ai という母音の連続。
最後の行は heat が 1,2行目のPete と押韻
CDをお持ちの方は、詞を目で追いながら聴いてみてください。
それだけでも気持ちいいです。


英語の歌詞の世界では、韻を踏むのはまあ当たり前なんだけれども、このようにマーク・ボランの場合は、ボキャブラリーが独特な上に、やり方も徹底している。
ほとんど音の響きだけを考えて言葉を選んでいるようにすら見える。
音韻の響きの強烈さと、ファンタジックな語彙による四次元的なレトリックの相乗効果。このあたりがマーク・ボランの真骨頂ではないかと思う。
意味不明なんだけど何となくコミカルでファンタジックかつSF的なレトリックが、実に響きのよい音で発語されるところが、イギリス人に評価されるのだと思う。(おそらくアメリカ人にとっては「なんじゃこりゃ」だろうけど)


さて、日本人には鑑賞しにくいけれども、英語の詞には、音韻以外に、リズムの問題もある。
英単語にはアクセントというものがあって、さらにセンテンスの中でも強弱のリズムがある。
(日本でビートのある音楽が育ちにくかったのは、日本語の抑揚の特性と大きく関係があるような気がする)
例えば、あいさつの時に、最初に声をかけた方は、


How are you?
(弱) (強)(弱)


で、聞き返す方は、


I'm fine, and you?
(弱) (強) (弱) (強)


だとか、中学校で習ったと思うけど、こんな風に、センテンス単位でもリズムが出てくる。
これを意図的に操作してセンテンスを組み合わせれば、詩にリズムが、音楽が、自然と発生する。
英詩を作る上では、基本的かつ重要な技術だ。
学生の頃、英詩の授業があって、ワーズワースの詩を題材に、弱強のリズムだの、弱弱強のリズムだのと習ったのは、これでもかというくらいつまらなかったけれども、後に生きてきました(笑)。


歌詞は、ビートに言葉を乗せてるわけだから、この言葉のリズムが音楽のリズムとかみ合うことで、その気持ちよさが相乗的に加速する。
次は、そういうパターンの良くできた例です。
詳しくは実際にCDを聴いてもらうのがいちばんであって、文面で説明するには限界があるけれども、例えば同じく『The Slider』より、「Rock On」。
この曲はシャッフルの4拍子で、Aメロの4拍は、強・強・強・弱というアクセントになっているのだけれども、そのアクセントに、見事に詞がシンクロしている。


Mild Mouthed Rita
(強) (強)   (強)
She's a Chevy Chase cheetah
(弱)   (強)  (強)  (強)
Loves everyone everyone
(弱)


意味はわかりません (笑)。
音韻としては、ご覧の通り、1行目はM音、2行目はCH音の連発で頭韻を踏みまくる。
1、2行目は、Rita と cheetah という、見たこともないような意外性の脚韻。
とにかく、この、1,2,3,うん、1,2,3,うん、……というリズムで詞を読みながら曲を聴いてみてください。
詞の気持ちよさが身にしみます。


他のバースも素晴らしいので書いておきます。


Teddy's going steady
(強)   (強)  (強)
He's a silver-plated poet
(弱)   (強)  (強)  (強)
Loves everyone everyone
(弱)


Prophet pumped the car scar
(強)   (強)     (強)(弱)
Deeper only sweeter
(強)  (強)  (強)
Loves everyone everyone
(弱)


意味はいずれもわかりません(笑)。
悪しからず。
それでもとにかく、Prophet pumped the car scar って、口にするだけで気持ちいいんだ。


ぼくは英語という言語が基本的に好きではないと思っているのだけれども、少なくとも発語上の快感という点では、その色彩豊かな音韻とリズムにおいて、英語は日本語を凌駕する。
マーク・ボランの詞は、中高生頃のぼくに、そのことを身にしみて教えた。
正確には、マーク・ボランを天才詩人と呼ぶには抵抗がある。
マーク・ボランは、文学としての「詩」ではなく、「ロックの歌詞」を書くことにおいて、天才だったのだ。
ビートとメロディに乗った言葉として、マーク・ボラン以上に音楽的な詞を書いた人は、寡聞にして知らない。
その言葉は、明らかにTレックスの音楽全体に対しても、多大な効果をもたらしている。


以上、Tレックス研究室(ほぼ完)。