The First of a Million Kisses / Fairground Attraction の誤訳を正す 第2回


それでは今日は、このアルバムのハイライト、名曲「Allelujah(ハレルヤ)」の誤訳を正してみます。


  The lights on the westway go on
  A million cars huryy home
  Ice cream van shuts off its tinsel bells
  Winter won't be long
   西へ向かう道路の灯りが連なっている
   百万もの車が家路を急ぐ
   アイスクリーム屋の車は
   ピカピカのベルのマークをしまい込んだ
   冬はもう遠くない


最初のバースは情景描写から入ってます。
マーク・ネヴィンは、こういうのがとても上手。情緒があります。
訳は、だいたいこれでいいと思いますが、一応点検。
「westway」というのが何なのか、ぼくもよくわかっていなかったんですが、今ネットで調べてみたら、ウィキペディアに、"The Westway is a 2.5 mile-long elevated dual carriageway section of the A40 route in central London running from Paddington to North Kensington." とありました。
要は、ロンドンにある「ウエストウェイ」という名前のハイウェイですね。
まあそのぐらいのミスで文句は言いますまい。
「tinsel bells」を「ピカピカのベルのマーク」と訳してるのもちょっと引っかかりますけど、まあ許容範囲。
ちなみに、tinsel というのは、「安っぽい金ピカ張りの」くらいの意味。つまり、アイスクリームの屋台のバンの店先にぶら下げてある金ピカのベルですね。「……のマーク」という訳出はちょっと理解しにくいですが。
むしろ、訂正しておきたいのは、「……をしまい込んだ」っていう過去形の訳。
ここは現在形だからこそ臨場感があるわけでして、それは日本語でも同じです。敢えて過去形に訳すのは解せません。


  I see you every day
  I watch as you walk down this way
  We pass on the stairs of this council block
  Too shy to find words to say
   あなたを毎日見ているわ
   この道をあなたが歩くのを私は見つめている
   会議場の階段で私たちはすれ違うけど
   恥ずかしくて声がかけられない


このバースから、詞は本題に入ります。
もうちょっと品のある日本語にしてもらいたい気はしますが、まあだいたいは合ってます。
細かい事を申し上げますと、2つめのラインの this way は、「この道を」じゃなくて、「こっちへ」でしょう。
それと、3行目の「council block」というのは、ぼくも今調べて見つけましたけども、「会議場」ではなくて、「市営住宅棟」だそうです。
場面設定は、オフィス街や官庁街ではなくて、ロンドンの住宅街なんですね。
そういう意味では、小さくないミスかもしれません。
あと、前後しますが、1行目の「see you」は、「見ている」というよりは、「顔を合わせる」というニュアンスでしょう。


で、曲はサビに入ります。
ここからが問題。


  But your smile is a prayer that prays for love
  And your heart is a kite that longs to fly
  Allelujah here I am
  Let's cut the strings tonight
   だけどあなたの微笑みは 愛を祈る祈りだわ
   そしてあなたの心は 高く飛ぼうと伸びた凧よ
   ハレルヤ 私はここよ
   今夜 弦を奏でましょう


はい、意味がわかりませんね、この日本語。
個々のセンテンスの訳としては、さほど間違ってないんですが、この訳では、全体として何を言ってるのかわかりません。
訳者がこの詞のコンセプトを理解していないからです。
前後の文脈を考えてないから、先の2つのバースとまるでつながってません。
この訳詞、肝心のサビに来て、いきなり意味不明になるんです。
もちろん、ほんとはそんなわけない。
いささか野暮ですが、解題してみましょう。


先のサビ前のバースで、「毎日すれ違うけれども、シャイだからかける言葉が見つからない」って言ってるわけです。
で、その次に、
But your smile is a prayer that prays for love.
すなわち、
「だけどあなたの微笑みは、愛を求める祈りの言葉」
って言ってるんだから、これは当然、「お互い声はかけられないけれども、相手の微笑みが、自分に対する好意を雄弁に物語っている」「あなたの微笑みで、あなたが私に好意を伝えようとしていることがわかる」
ということを言わんとしているわけです。
で次に、
And your heart is a kite that longs to fly
「そしてあなたの心は 空高く舞い上がろうと望む凧」、と。
要するに「声をかけたいんだけどかけられない」「お互いの好意を感じ取りながらも、あと最後の一歩を踏み出せずにいる」という情況を、糸に束縛されて空へ舞い上がりたくても舞い上がれない凧に喩えているわけです。
言うのも野暮ですが、だからここは、あとは「あなた」が思い切ってひと声かけてくれれば、一気に至福の恋愛が始まるであろうという、ある意味恋愛においていちばん気分の高揚する時期の心情を歌っている、と。
「私」はその一言を待っているわけです。
それで、その次に来るのが、
Allelujah here I am
というライン。
これを訳者は「ハレルヤ 私はここよ」と訳してます。
Allelujah というのは、歓喜を表すフレーズです。
もちろんこれを「ありがたや」とか「やったー」とか訳すわけにもいきませんから、単に「ハレルヤ」としておくのは正解。
ただし、「here I am」は、「私はここよ」と言うよりも、「さあ いいのよ」とか「ほら 来たわよ」とか、要するに、「私」の側はもう準備OKなんだから思い切ってちょうだいよ、っていう、そういう促しのフレーズです。
できればそういうニュアンスが伝わる訳出が望まれます。
そして最後の決めゼリフ。最後のラインが最大の問題。
Let's cut the strings tonight
「今夜 弦を奏でましょう」……って、何が何だかわかりません。
確かに、辞書を引くと、cut the strings で「弦楽器を演奏する」というのが出てきます。
恐らく訳者は辞書でこの記載を見つけて、単純に「あ、これか」とか思ったんでしょう。
そういう意味での cut the strings という表現が、どの程度まで日常的なのかはぼくもわかりませんけれども、仮にさほど特殊な表現でないにしても、これはいわゆるダブル・ミーニングだと思います。
だって、2行前で、「あなたの心は空高く舞い上がろうと望む凧」って言ってるんじゃないですか。
空へ飛び立つのを引き留めているのは、凧の糸じゃないですか。
「凧糸」が、「躊躇」のメタファーなんじゃないですか。
cut the strings っていうのは、「弦楽器を演奏する」という表現に引っかけて、その糸(「あなた」が恋愛へ向かうことを躊躇する気持ち)を、今夜切って解き放ちましょう、と。そう歌っていることは明らかです。
この曲の山場、キメのフレーズなんです。
2行目の fly と、この tonight で脚韻も踏んでるんです。
ダブル・ミーニングの訳が困難なのはもっともですが、この曲の場合、方針は明白なはず。
「糸を断ち切ってしまいましょう」という訳を優先すべきです。


これでワンコーラス終わりなんですが、ここまででこの曲のテーマははっきりします。
「Allelujah」は、至福の恋愛が始まる予感に満ちあふれた、恋愛開始直前の、歓喜と切なさがないまぜになったような、高揚した気分を歌った曲です。
こんな、一昔前の少女マンガのような、あまりにもロマンチックな場面設定の詞を、男が書いてるっていうところもすごいですけども、それが決して嘘くさくならず、幼稚にもならず、実にリアルに作品化されてるところが、この曲の素晴らしいところです。
恋愛への期待に満たされた幸福感と切なさ、ビタースウィートな高揚感が、真正面から切実に表現されているところが素晴らしい。
初めて聴いたのは二十歳そこそこの頃でしたが、40近くなった今聴いても、ぼくは同じように感動できます。
それは紛れもなく、エディ・リーダーの歌の力であり、このバンドのサウンドの力でしょう。
そして、当然のことながら、この曲で最も重要なのは、恋愛へ向かって踏み出す決意を秀逸な比喩で強く高く歌い上げるサビの4行であって、その肝心の4行が適切に訳されていないというのは、実に嘆かわしい。


ここまで来ましたので、残りの2コーラス目もやっておきます。


  So meet me on the corner at eight
  Let's get out of this place
  We'll kiss the first of a million kisses
  And let the past fall away
   そうね 8時にあの角で私と会って
   ここを抜け出しましょう
   そしてキス それは百万回のキスの最初のもの
   それから過去は吹き飛ばすのよ


うーむ。
まあ間違ってはおりませんが。
もうちょっと日本語、何とかなりませんか。
細かいことを申すようですが、冒頭の「そうね」は要らないんじゃないでしょうか。
3行目「We'll kiss the first of a million kisses」は、このアルバムのタイトルにもなっているフレーズです。
この曲に対するマーク・ネヴィンの思い入れの深さが窺い知れます。
意味はもちろん、「私たちは(私たちがこれからするであろう)百万回のキスの、最初のキスをする」ということですけども、この「そしてキス……」っちゅう日本語、もうちょっと品のある言い方になりませんかね……。
最後の、「過去は吹き飛ばす」という表現も、いささか強すぎで、ちょっと趣味じゃないです。fall away というのは、どちらかと言うと、徐々に心離れして疎遠になっていくようなニュアンスですから、「過去のことは(百万回のキスを繰り返すことによって)少しずつ忘れていこう」というような雰囲気じゃないでしょうか。
(ちなみに、1行目が何故「8時」なのかと言いますと、これは脚韻の都合です。2,4行目の place, away と韻を踏んでます。ワンコーラス目も同様で、最初のバースは go on, home, long、2つめのバースは、day, way, say と、いずれも1,2,4行目で脚韻。サビは、1,3行目のlove と I am、2,4行目の fly と tonight で韻を踏む構成です。)


あとはサビの繰り返し。


  For your smile is a prayer that prays for love
  And your heart is a kite that longs to fly
  Allelujah here I am
  Let's cut the strings tonight
   だってあなたの微笑みは 愛に祈る者の祈り
   そしてあなたの心は 高く飛ぼうと伸びた凧よ
   ハレルヤ 私はここにいる
   今夜は 弦を奏でましょう


アタマの接続詞が変わったついでに、2回目以降のサビは微妙に日本語も変えてありますが……、余計悪くなってます。
「愛に祈る者の祈り」とか「私はここにいる」という表現によって、やっぱり訳者が何も理解していないことがはっきりします。




……そういうわけで、最後まで読んでもらえてるのかどうか実に心許ないですが、ぼくは満足しました(笑)。
この曲は、詞の内容なんかわかってなくても十分に名曲ですが、詞をよく理解して聴けば、確実に感動が増加します。
切なく美しいメロディと、叙情的なアレンジにサウンドエディ・リーダーの確信に満ちた歌いっぷり。そこへこの詞の世界が加味されますと、おっさんも青春を取り戻します(笑)。
そういう意味でも、この誤訳だけは何とか訂正しておきたかった。
そんなに丁寧に原詞を読み込むリスナーなんてそうそういないだろうから、この曲の内容を正確に理解している日本人は恐らくほんの一握りなんじゃないかと思うと、勿体なくてしかたありません。(こんなとこに書いても、理解者は3人くらい増えるだけだろうけど)


発売時、アナログ・レコードでは、この曲は、B面のラストに収録されておりました。
まさにアルバムのハイライト。
フェアグラウンド・アトラクションが残したこの唯一のオリジナル・アルバムは、既に歴史的名盤として名を残しておりますが、この曲で終わってこそ、その余韻が素晴らしい。
今出ているCDは、この曲の後に、2曲のボーナス・トラックが収録されておりまして、これが何とも蛇足になっております。(ボーナス・トラックも、決して出来が悪いわけではないですが)
CDで聴くときは、最後の2曲はないものとして、「ハレルヤ」で聴くのを終えましょう。
ちなみに、解散後に出たコンピレーション「ay fond kiss」に収録のライブ・バージョンと、一昨年出た「Kawasaki Live In Japan」のバージョンは、スタジオ盤よりも更にいい出来です。


※あんまりやりすぎてもいけないので、このシリーズ、今日で終わりにしときます。失礼いたしました。