The First of a Million Kisses / Fairground Attraction の誤訳を正す

ジャケットです



えー、そういうわけで、今日はフェアグラウンド・アトラクションの歌詞カードの誤訳を訂正してみたいと思います。


このバンドの曲を書いているのは、究極のロマンチスト、マーク・ネヴィンであって、詞だけ読んでいると、もう背中がむずむずしてくるくらいロマンチック。
逆に言うと、そういうあまりに過剰なロマンチシズムが、エディ・リーダーの歌とバンドのサウンドによってリアリティを得てしまうところがフェアグラウンド・アトラクションの魅力の本質だろう。
そういう詞なので、ぼくが引用すると気持ち悪いと思うけれども、そこはご勘弁を。


ではいきます。
まずは、最もわかりやすい英語なのに、最も誤訳が目立つ「The Wind Knows My Name」から。
邦題は「風が知ってる私の名前」。直訳ですが、詞の意図を考えると、これもおかしな邦題です。


  Wish me well
  Say goobye
   告げていいのよ
   私に さよならって


はい、ストップ。
まだ2行だけど、ストップ。
もう意味がわかりません。
wish someone well というのは、高校生でも知ってる表現で、「〜の幸運を祈る」とか、「〜の前途を祝福する」とか、そういう意味です。
「告げていいのよ」がどこから出てきているのか、さっぱりわかりません。
これは、「私の前途を祝福して、さよならを言って」くれってことです。
去っていくのを止めないでくれっていう、そういう趣旨の曲だということは、この2行でわかるんですけど、いきなり間違った方向へ行ってしまってます。


  I'll never tell
  I saw you cry
   私に話す事はない
   あなたが泣くのを見ていた


ストーップ。
分けるな、分けるな。
これは2つのセンテンスじゃなくて、どう読んでも、I'll never tell (that) I saw you cry. でしょ。
「あなたが泣くのを見たことは、決して言わない」が正解です。
まだ8小節しか進んでないんですが、整理しますと、
誤:告げていいのよ 私に さよならって
  私に話す事はない あなたが泣くのを見ていた(意味不明)
正:私の前途を祝って さよならを言って
  あなたが泣くのを見た事は 決して言わないわ
部分点もあげられません。
次にいきます。まだAメロ。


  Understand
  You're not to blame
  It's just that the wind knows my name
  And it's calling me callimg me
  Calling me again
   わかって!
   あなたが悪いんじゃない
   風が私の名前を知っているってだけのこと
   そして私の事を呼んでいる 呼んでいる
   また私を呼んでいる


はい、ここはOK。
ほっとしました。
「わかって!」の「!」はちょっと趣味じゃないですが。
つまりこの曲は、風が呼んでるんだよ、引き留めないでくれよ、っていう、要は、ひとつところに落ち着いていられない、さすらう人の歌なわけです。
もちろん、「風が名前を知っている」というのは、風と友だちである=さすらう運命にある、という、そういうことです、はい。
次、2番。


  I think that you knew
  Right from the start
  There was this restlessness
  In my heart
   恐らくあなたは知ってたと思う
   最初からちゃんとね
   不安があったの
   私の心には


まあだいたいよし、なのかな……。
でも、restlessness を「不安」と訳すのは、やはり趣旨がズレてます。
これは、「じっとしてられない感じ」とか「そわそわした感じ」、要するに、ひとつの場所に安住できないタチなわけですから、その落ち着かなさを言っているわけです。
辞書には「不安」も出てるのかもしんないけど、曲の意図を理解してれば使わない訳語でしょう。
※ひとくち文法解説ーー−2行目アタマの right は、例えば right now で「たった今」とか言うように、強調を表す right です。ですから、right from the start は、「いちばん最初っから」ということです。
……はっ。書いてて今気づいたけど、この「最初からちゃんとね」っていう訳は、もしかしてこの right を「正しい」の right と勘違いして「ちゃんと」とか訳してるんじゃ……。


  It's a feeling that I have tried to tame
  But it's hard when the wind knows your name
   私は感情を和らげようとしたのだけれど
   風があなたの名前を知っている以上、無理だわ


ストーップ、ストーップ。
tame は、「飼い慣らす」とか「手なづける」「従順にさせる」という動詞。
「感情を和らげようとした」って、おいおい、つながってないぞ、前後と。まるで意味がわからないぞ。
ここは当然、「この(じっとしていられない)気持ちは、自分が何とか抑えよう(手なづけよう)と努めてきた感情である」という意味です。主語の It は、先の「this restlessness in my heart」を指示します。
だから、この2行は、「何とかこの気持ちを抑えようとしてきたけれど、風に名前を知られていると、それは難しい」というようなことを言ってるわけです。
ちなみに、最後の your name の your は、一般人称であって、「あなた」と訳してしまうのもちょっと具合が悪い。
一般論として語ってるわけですから、訳出すべきではありません。


  It's a cruel wind that tears us apart
  But a worse thing is a tired and bitter heart
   私たちを引き裂いたのは 冷酷な風だわ
   でも もっと良くなかったのは疲れ果て悩みきった心


細かい事ですが、「引き裂いた」「良くなかった」という過去形の訳が気になります。
いや、細かくないな。大事だ。
「私」はこれから去ろうとしてるわけなんだから、やはり曲の趣旨を理解してません。
ここは、「私たちを引き裂くなんて 冷酷な風ね でも もっとよくないのは 疲れ果てた苦々しい気持ち」、つまり、自分の心情を偽って無理に留まり、疲れて、苦々しい気持ちになっていくよりは、冷酷であっても別れた方がいい、と言ってるわけです。


  So dry your eyes
  No more tears
  Hold me once and I'll walk out of here
   だから泣くのは止めて
   涙はもうたくさん
   一度だけ私を抱いて それからここを出て行くわ


はい、ここはよくできました。
3行目は、「命令文 + and 〜」の構文です。


  Who knows one day
  We'll meet again
  But don't wait for me 'cause the wind knows my name
   誰が知っているというの
   私たち二人が 再びめぐり会うことを
   だけど私の事待たないで
   だって風が私の名前を知っているから


うーんとですね、Who knows …… という部分は、いわゆる修辞疑問というやつで、古文で言うところの反語です。
例えば「Who knows?」っつたら「誰が知るか」ってことでして、要は「No one knows」の意。実質的には、「いや、誰も知らない」「誰にもわからない」という意味です。
なので、ここの2行は単に、「私たちがいつかまた会う事もあるかもしれない」くらいの解釈でしょう。
そんで、「でも待たないで」、と。
ちゃんと文脈考えましょうよ。


……以上、だいたい全部です。あとはサビのリフレイン。
ご覧の通り、まともに訳せている箇所がほとんどない。
こんなシンプルな英語なのに。
こんなわかりやすいテーマの曲なのに。
どう見ても、全体の意図をまるで考えず、1行1行を場当たり的に訳してるだけ。
詞を理解しながら聞けば、実に上質なロマンチシズムを味わえる佳曲なのに、この和訳を読んでいると、まるでシュールレアリズム。
ファンとしてちょっと耐え難い。


えー、最後まで読んで頂きまして、どうもありがとうございました。
もう1曲だけ、次回もやらせてください。