T.REX研究室(4)


Tレックスのアレンジについて。


まあ時期によっていろいろなんだけども、対象とするのは、ヒットを連発していた全盛期、『The Slider』『Great Hits』あたりです。


Tレックスのアレンジはワンパターンだ。基本的にはどの曲も同じ。
そして、何から何まで常識はずれである。
プロデューサーのトニー・ビスコンティは、マーク・ボランよりもずっと音楽のことをよくわかっていたはずだが、現場では、マーク・ボランのエゴの強さに誰も逆らえず、アレンジ面においても、恐らくマーク主導だったのではないかと想像している。
真っ当な音楽的知識を持った人間の仕事とは思えないからだ。
そして、その異常なアレンジ・ワークが、どこまで意図的なものなのか、それとも全くの偶然の成果なのかはわからないけれども、トニー・ビスコンティのど派手なサウンドと相まって、結果的には独自の世界を創り出している。


その特徴は、まあ細かいことを言うといろいろあるけれども、重要と思われるのは、


①シンプルで力強いシンコペーション
②ユニゾンの多用


この2つに尽きる。
具体的に検証してみます。


①シンプルで力強いシンコペーション、について
ああ見えて、マーク・ボランは、実はブルースの人ではないかと思っている。
詳しくは追い追い書くけれども、恐らくブルース、しかもカントリーブルースなどに大きくインスパイアされている。
全盛期のマーク・ボランには、16ビートの感覚はまだない。
しかし、ルーツミュージックとしてのブルースに内在する8ビートのシンコペーションのセンスをかなり強く持っていると思われる。
その原始的で、それゆえに強力なリズムの感覚が、Tレックスの重要なポイントになっている。


前に書いたとおり、マーク・ボランはギターが下手だ。
複雑なフレーズは弾けない。
しかし、前に書いたとおり、コードのカッティングはすごくセンスがある。
だから、曲を作るときも、自然と、最小限のフレーズやコードの刻みだけでリフを組み立ててあるパターンが多くなる。
たぶんそれしかできないからだろう。
例えば代表曲のひとつ、「Get It On」のリフを思い出してみてください。
あれも、こんな具合に(↓)Eのコードをそのまま弾いているだけだ。


│・♪・・♪・・・│♪♪・♪・・・・│


えーと、表記に苦労してますが、「♪」はそのまま8分音符で、「・」が8分休符だと思って見てください。
こういう2小節パターンの、小学生でもすぐにコピーできるような、シンプル極まりないフレーズなんだけれども、この曲がロックの定番曲としていまだにオンエアされるのは、このシンプルなパターンが実に腰にくるからだと思う。
ドラムは真っ直ぐエイトを叩いているだけだが、ちなみにベースは、


│♪♪♪・♪♪・♪│・♪♪・♪♪・・│


というリズムで弾いている。
このギターとベースのからみが強烈に腰にくる。
1小節目1拍目のウラからギターが入って、2小節目では、オモテとウラをギターとベースが補完し合うような作りになっている。
シンプル極まりないけれども、それだけに非常に単純で力強いリズムパターンになっている。
そう、意外に黒い。
メロディラインと相まって、この曲は特に全般的に黒っぽいフィーリングが強い。
Tレックスは、イメージ的に白人ロックの極北のような印象が強いかもしれないけれども、例えば同時期のデビッド・ボウイとかと比べると、実は全然黒い。
その微妙な黒さが、現在でも通用している理由の1つかもしれない。
だいたい、何十年もの風雪に耐えて生き残る曲というのは、リズムがちゃんと生きている曲だ。


いずれにせよ、ファンクまではいかない、ブルースに内在しているような、黒人的なシンコペーションの感覚がマーク・ボランにはかなり身に染みこんでいて(特にシャッフルが得意)、そして、ギタリストとしての技術がないだけに、そのリズム感覚が変に複雑化することなく、骨格のままストレートにプレイや曲作りへと反映される。
この単純で力強い、そして意外と黒いリズム感覚が、Tレックスのアレンジを基礎づけているのだ。


②ユニゾンの多用、について
Tレックスのレコーディングは、近年発売されたアウトテイク集やデモテープなどを聞く限り、最初はギター、ベース、ドラムの3ピースでせーので演奏してベーシックトラックを録音しているようだ。
それに後から、ギターを重ね、ストリングスやホーン、コーラスをかぶせ、……という風に、どんどん足し算していく。
それ自体は全くどうと言うことのない、ごく一般的なやり方だと思うけれども、問題は、その足し算の仕方。
ストリングスやホーン、コーラスを付け足していく過程で、和声的に新しい響きがあまり加えられないのだ。
要するに、ユニゾンが多い。
おそらくは、音楽的知識のなさゆえではないかと思う。
ストリングスも、サックスも、ギターのリフや歌メロのラインやベースが弾いているルート音を、そのまんまなぞる形で重ねられていく。というパターンが実に多い。
つまり、楽器を変えてどんどん音をぶ厚くしていくだけであって、そこにハーモニーやオーケストレーションといったようなものが発生することが少ない。
そういうのを「アレンジ」と言っていいのかどうかわからないけれども、とにかくそこがデタラメであり、そこが大きな特徴になっている。
コーラスですら、ハモらずにオクターブ上を歌ってるだけ、っていうのが頻繁にある。
代表作『The Slider』で見てみると、例えば「Buick Mackane」は、なんとギター、ベース、ストリングスと、鳴ってる楽器全部が歌メロとユニゾン(笑)。それでもなんとなくちゃんと曲になってるところが逆にすごい。
こんな大胆なことは、恐れを知らぬ素人でないととてもできない。
恐らくアレンジもマーク・ボランが基本的に全て仕切っていたであろうとぼくが推測する所以である。


そもそもストリングスというのは、たいていロック畑の人には扱いが難しくて、通常はその世界の人たちがアレンジを担当するパターンが多い。
Strings Arrangements by 〜 というクレジットが、曲のアレンジャーとは別にあるケースがほとんどだと思う。
でも、Tレックスは、たぶんマーク・ボランが指示出してる。
ギターのリフとユニゾンさせられるストリングス奏者たちが気の毒でならない。


サックスの使い方も変だ。
マーク・ボランは、サックスを、まるでリズム楽器のように使う。
いや、もちろん、R&Bでは、ホーンセクションを重要なリズムのアクセントとして使うわけだけれども、それとはまるで次元が違う。
もっと意味不明な使い方をする。
ギターとユニゾンさせられることもよくあります。
例えば「20th Century Boy」では、左チャンネルで、サックスが例のあのギターリフとユニゾンで吹いている。
普通、プロのサックス・プレーヤーに「これ吹いてくれ」とはちょっと言えない(笑)。
しかし、このユニゾン効果で、ただでさえぶ厚いギターのサウンドが、さらにぶ厚くなって、やたらとゴージャスに響いているのは確かなのだ、これが。


そう、ストリングスもサックスも、明らかに変なのに、悔しいけど明らかに効果的なのだ(笑)。


ちなみに、マーク・ボランは、ボーカルの録音も全部ダブル・トラック。
これは、あの細い声質が、そのままだとサウンドのぶ厚さに負けてしまうからだと思います。
声も2回重ねてぶ厚くしてる。
これは、何となくですが、たぶんトニー・ビスコンティのアイデアではないかという気がする。


真面目にまとめます。
キーワードは、「単純で力強い」ということだ。
ほんとは、単純で力強いものがいちばんいい。
でも、年を取ってだんだんだんだんスレてくると、次第に単純なものでは感動できなくなっていく。
単純で力強いものに感動するには、それなりの手続きが必要となる。
Tレックスのアレンジは、(おそらく意図せずして)、「単純で力強いもの」を蘇生させる文法になっている。


Tレックスのアレンジは、一聴するとぶ厚くてきらびやかな印象だが、音楽的には極めて原始的だ。
複雑なコードやハモりは一切ない。
シンプルだけれどもしっかりと腰にくるリズムパターンを骨格に、ストリングスも、ホーンも、コーラスも、それを複雑にすることなく、ユニゾンを基本として、どんどんそのシンプルな骨格を強化していく。
そして、結果的には、「単純で力強いもの」が、エキセントリックな印象を与えるほどに斬新なものへと仕上がっていく。
ゴージャスでシンプル。
それは繰り返し言うように、恐らくマーク・ボランが単純で力強いもの以上の音楽的な文法を知らなかったからに他ならないわけだけれども、だからこそ、その姿勢が徹底されているとも言える。


最後に、こうしたTレックス・アレンジの傑作であり、代表曲の1つでもある「Telegram Sam」を詳しく見てみます。


ギターのリフは、シンプルだけれどもしっかりと腰にくるシンコペーションを繰り返している。
左チャンネルのリズムギターは、完璧なタイム感でそのリフにからむ。
右チャンネルでは、もう1本のリズムギターが鳴る一方、よく聴くとサックスがリフとユニゾンシンコペーションの感覚をばっちり強化しています。
ドラムのサウンドはずっしりと重い。
ベースは軽妙にぴょこぴょこ跳ね回って、変態ファンキーなフィーリングを生み出している。
裏声男コーラスは、1コーラス目からいきなりオクターブ上のユニゾンで入ってくる。
サビからいきなり怒濤のように押し寄せるストリングスは、基本的にルートをなぞっているだけ。曲の後半では、なんとピチカートでギターのリフとユニゾンを奏でる。
分厚くゴージャスなウォール・オブ・サウンズでありながら、鳴っている音の種類はきわめてシンプルである。
全てが常識はずれ、全てが規格外でありながら、それでもやっぱりかっこいい。
こうしたやり方が、「単純で力強いもの」を甦生させるために、マーク・ボランが見つけた方法だったのだと思う。