トレイシー・オン・マイ・マインド

83年の1stです



紙ジャケで再発されるというので、久しぶりに、トレイシー・ウルマンを聴く。
2枚のオリジナル・アルバムが出たのはぼくが高校の頃だったから、もう20年以上経つ、のか。
いまだにときどき思い出しては、引っ張り出して聴くけれども、飽きません。今聴いても素晴らしいです。


トレイシー・ウルマンの本業はコミカルなキャラのテレビ・タレントであって、歌はあくまでも副業です。
でも、歌の実力は標準以上だし、何よりキャラが立ってて、サウンド・コンセプトも、そのキャラを完璧に活かしきっている。
奇跡的によくできたポップ・レコードだと、今でも思う。


ひとことで言ってしまえば、要は50's、60'sポップスのパロディなんだけれども、英国特有の皮肉なウィットが効いていて、微妙に大人の味わい。
トレイシー・ウルマンは、歌だけで「脳天気なティーンエイジの女の子」風のアホ・キャラを完璧に演じ、そのシニカルな通底音と、オールディーズ・バット・ゴールディーズ的な切ないメロディが相まって、絶妙のバランスに仕上がっている。


サウンド・プロダクションも完璧。50's、60'sを知り尽くしたプロの仕事。プロデュースはピーター・コリンズ。ロマン・ホリデイ(!)とかをやってた人だ、たぶん。
曲は基本的にみんなカバーだけれども、選曲がまたものすごい通好み。と言うよりも、完全にオタク。ヒット・シングルのB面とか、当時でもせいぜい小ヒット程度の、普通は誰も知らない曲ばかり。しかも、それがまたどれもいい曲なんだ、これが。
ジャッキー・デシャノン「Breakaway」のカバーは、当時のおニャン子クラブセーラー服を脱がさないで」の元ネタだったに違いないと思うんだけど、どうでしょう。


意外と新しい曲のカバーも多く、コーギスの「If I had you」とかも絶妙の選曲。
それと、なんつってもカースティ・マッコール提供の数曲。PVにポール・マッカートニーも出てヒットした「They Don't Know」もカースティの曲です。
モリッシーがキング・オブ・アイロニーだとしたら、クイーン・オブ・アイロニーは間違いなくカースティ・マッコール。60's風の曲調で嫌味にアホ・キャラを歌う初期の芸風は、本人よりも、トレイシー・ウルマンにばっちりはまった。


当時ついていた歌詞カードの誤訳がひどいので、その訂正の意味も込め、また、今度の再発では改善されていることを祈念いたしまして、いちばん好きなカースティ提供曲を引用いたします。


 Terry


 Why'd you never listen to me?
 I could be invisible to you
 Anyway it doesn't matter now
 'cos I have met somebody new


  どうして私の話を聞こうとしないの
  目の前から消えたっていいのよ
  まあ、もうどうでもいいんだけど
  だって私、新しい人に出会ったんだから


 Sorry if your heart is broken
 Why's your mouth just hanging open?
 Don't look so surprised
 I found another guy


  傷ついたらごめんね
  どうして口をあけたままなの
  そんな驚いた顔しないでよ
  私、新しい人を見つけたのよ
 

※Terry wants my photograph
 Terry says our love will last forever
 And he should know
 That boy terry's not the kind
 To mess around and change his mind
 Terry is as tough as marlon brando


  テリーは私の写真が欲しいって言うのよ
  テリーは私たちの愛は永遠だって言ってるわ
  彼にはわかるのよ
  テリーはあちこちに手を出して
  すぐ気が変わるようなタイプじゃないの
  テリーって マーロン・ブランドみたいにタフなのよ

 
 Now he's waiting for me
 I just had to break the news to you
 You'd better hide your face a while
 If he gets mad there's no telling what he'll do


  もう彼が待ってるわ
  あなたに言っておかなきゃって思っただけよ
  しばらく顔を見せない方がいいわ
  彼、怒ると何するかわからないのよ


 You can see the door is open
 So if you don't want your nose broken
 You had better go away
 'cos terry's coming round today


  ドアは開いてるわよ
  鼻を潰されたくなかったら
  消えた方がいいわ
  今日はテリーが来る日なのよ


(※リピート)


 He's been making eyes at me
 It started long ago
 So when he said he loved me
 I just had to say "I know, I know, I know"


  彼、私に色目を使ってたのよ
  もうずいぶん前から
  だから彼が私に打ち明けたとき
  私、「わかってる」って言うだけでよかったの


 You thought you were such a smartie
 But terry knows about karate
 There's other things he's good at too
 Terry's not a bit like you


  あなたは自分のこと、かっこいいと思ってたみたいだけど
  テリーって空手ができるのよ
  他にも得意なことがあるわ
  テリーはあなたみたいなチンケな男じゃないの


(※リピート)


気持ち悪い訳ですいません。
それぞれのバースで、きれいに脚韻を踏んでいるのにもご注目ください。
特に最後のバース、1行目と2行目の、smartie と karate(英語の発音は「カラーティー」って感じ)で韻を踏む離れ業は、英国人も唸るセンスでしょう。
3行目の other things というのは、もちろん大人の世界です。