イースター島の謎(4)

Rano Raraku はこんな感じ



ごぶさたです。ここんとこちょっと年度の変わり目で公私ともに忙しく、更新を怠けてました。


イースター島2日目。


ホテルのレストランで朝食。
指定された時間に行って、用意された席に座って待つが、誰も来てくれない。
我々の他に、客は1組だけ。彼らは既に給仕されていて、もう食べ終わろうとしている。
それ以外には人の気配がない。
厨房の方からも、物音ひとつ聞こえてこない。
待つことしばし……。


来た!
ゴンザレス(第2回参照)である。
ワゴンに我々の朝食をのせて、席まで運んできた。
フロントマンかと思っていたら、食堂でも働いているのか。
しかも、エプロンをして厨房から出てきた様子からして、どうも調理もしてるっぽい。
て言うか、今んとこ、このホテルの従業員、ゴンザレスしか見てない。


大味な感じの朝食をすませ、今日は朝から1日島内観光。
マイクロバスに乗って出発。
同行する観光客は、全部で十数名。
日本人が他に2組いる。
1組は我々と同じ新婚旅行で、もう1組は中年夫婦。


まずは村の朝市へ。
おお、人がいる。
土産物とか、魚とかを売っている。
おみやげ用に、雑な作りのモアイ・キーホルダーとかを買う。


その後は島内をまわって、ひたすらモアイを見学。
ツアーには地元のガイドが同行して、各ポイントで解説をしてくれる。
クセのある英語だけれども、理解はしやすい。
モアイひとつひとつのエピソードは実におもしろく、語り出すといくらでもあるのだけれども、そういうのは割愛します。


イースター島のモアイは、実はそのほとんどが倒れている。
これは、部族間で争いが起こり、互いに相手を守護するモアイを倒して破壊し合ったかららしい。
いったん倒れたモアイを起こすのは、現代の技術をもってしても難しい。
そんなものを、遠く離れた切り出し場からどうやって運んできて、どうやって立てたのか。しかもその頭に帽子まで(ほんとは髪の毛らしいけど)乗っけてある。
実物見ながら話を聞いてると、不思議感たっぷりです。


Akahanga、Ara Te Moai、Rano Raraku、Tongariki、Te Pito Kura、Playa de Anakene……と、モアイ名所を次々に回る。
日本のツアーみたいにせかせかしてなくて、ゆったり回ってくれるので、落ち着いていていい。
誰かが長居したがると、みんな付き合って待つ。
他にも同じくらいの規模のツアーがいくつか回っていて、いっしょになったり、追い越したり、追い越されたり。


圧巻は、Rano Raraku か。
ここはモアイの石の切り出し場。
作りかけのモアイや、作ったはいいものの運ぶ途中で放置されてそのままのモアイ等、そこら中にモアイがごろごろ転がっている。
て言うか、至るところからモアイがにょきにょき生えてる感じ。
今日の写真を参照してください。
こんな感じで何十体、いやもっとか。


有名なのは、Tongariki だ。
バブルの頃に、日本のゼネコンが重機を持ち込んで、えらい苦労をして15体のモアイを祭壇の上に並べて立たせた。
そのプロジェクトに、1年以上かかったとか聞いた気がする。
おかげでどえらいフォトジェニックな景観になっておりまして、アホのように写真を撮りまくる。
しかし、大がかりな機械を使っても1年かかるような作業を、大昔の人間が一体どうやって為し得たのか。
この巨大なモアイどもは、単に地面に立っているのではない。
おとなの背以上の高さがある祭壇の上に立っているのだ。
モアイをどうやって運び、どうやって立てたのか、いろいろな仮説はあるが、真実はわからない。
現物を眺めていると、これはUFOの仕業に違いないと思えてくる。


イースター島の海岸はそのほとんどが断崖絶壁だが、ごく一部だけビーチがある。
そのうちのひとつ、アナケナ・ビーチで昼食。
ホテルが用意してくれたランチボックス。
写真にとっておいたので、中身が記録されている。
大きな鶏肉の塊、茹でたジャガイモまるごと1個、スライスしたトマトまる1個分、ゆで卵1個、バナナ2本。これにミネラルウォーターが付く。
チンパンジーのエサのように雑であるが、なかなか楽しい。


午後も快調にモアイ三昧。
もうさすがにモアイでは感動しないぞ、という感じになってきた頃合いに、ちょうどツアー終了。
陽が西に傾いてきたくらいにホテルに帰着。


しかし、イースター島の本当の謎は、いよいよこの後に味わうことになるのであった。


(つづく)