秋が始まる日


今日はずいぶん寒かった。朝起きたときに寒いと思ったので、かなり厚めの服を着たのだけれども、それでもまだ寒かった。
ここ数年は、やたらと夏が暑くなって、しかもいつまでも暑い。子どもの頃は30度を越えるのなんて、ほんとの真夏の少しの間だけだったように思うのだけれども、記憶違いだろうか。誕生日が9月19日なんだけれど、昔は、自分の誕生日がくる頃はもう涼しくなり始めていたように思う。記憶違いだろうか。
近頃は夏が長くなって、9月なんてまだまだ全然夏だ。それでも冬は同じようにやってくるようで、その分、秋がなくなった。秋物の服を着る期間がやたらと短い気がする。


そう言えば、昔は、秋が始まった日というのを、自分で勝手に決めていたのを思い出した。
通っていた高校は、小さい山のてっぺんにあった。山を切り開いて建てた新設校で、ぼくたちが10期生に当たる。今はもう周囲も完全に開発されて、山全体が小綺麗な新興住宅地になってしまっているけれども、当時、学校のまわりはまだ山のまんまで、グラウンドの端のフェンスをボールが越えてしまうと、急な斜面の深い森に吸い込まれてしまい、回収不能になった。タヌキなんかもいたに違いない。
自転車で通学していたのだけれども、なんせ山のてっぺんにあるから、最後の1〜2キロは上り坂が延々続く。毎朝うちにさそいに来てくれたコーゾーくんは、絶対に遅刻しない主義だったので、ついて行くのに苦労した。コーゾーくんは、たいてい時間に余裕を持ってうちに来るのだけれども、たいていぼくがまだご飯食べてたりして待たせるので、いつもギリギリになってしまう。玄関でコーゾーが貧乏ゆすりしながら待ってる姿を今でもよく覚えている。当時、高校生はみんなママチャリに乗ってた。あれ、なんでなんだろう。流行ってたんだろうか。いや、コーゾーは、ブルーの、普通に今でも高校生が乗りそうなやつに乗ってたな。
朝は上り坂で大変だけれども、帰りは楽ちんだ。高校へ通じるだけの道だから、車もほとんど通らない。ぐねぐね曲がってはいるけれども、きれいに舗装された幅の広い道路をすいすい下りるのは気持ちがいい。毎日美術部でデッサンしてたので、帰りは遅かった。だんだん日が短くなる9月の終わり頃からは、暗くなってから帰ることが多くなる。
そうやって毎日暗い坂道を、自転車ですいすい風を切って気持ちよく帰るのだけれども、突然、空気の肌合いと言うか、顔に当たる風の質が、ある日を境にコロッと変わる。夏の、ちょっとどよーんとした、湿度を含んだ空気ではなく、澄んだ、冷たい、ちょっと肌を刺すような、きりっとした空気に、ある日から急に変わる。その感触が、学校を出てすぐの坂を一気に下るときに、いちばんよくわかる。そういうときに、あ、秋が始まった、と思った。で、次の日は、秋になって今日が2日目だ、とか思ったりしていた。
もちろん、その数日後にはまた夏の空気に戻ったりしたのかもしれないし、今でも、特に朝早くから通勤するようになったここ数年は、またそうやって突然空気の変わる日というのを感じることもある。でも、当時は、そんなどうでもよさげな事を今でも覚えているくらいだから、そういう感触をよほど気持ちよく感じたのだと思う。その頃は夏が大嫌いで、夏の間も、早く冬になればいいのにとずっと思ってたから、それもあるかもしれない。やっと夏が終わってくれた、と思ったのかもしれない。
あの頃、秋は9月に始まったように思うのだけれども、ぼくの記憶違いだろうか。